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2013年6月21日金曜日

手が小さくてもピアノは弾ける♪




わたしの左手の写真です。
大きさを測ってみたら(初めて測りました。)
手の平の一番広いところの幅が8センチ
中指の先から、手首までは、15.8センチでした。

う~ん、ナルホド・・・
いつもお世話になってはいましたが、
正確な大きさは知らなかったので
感慨深いです。。。

子供の生徒さんが、小学4、5年生になる頃には
ほとんどの方がわたしより大きな手になられます。

・・・ということで、うちの教室では、
手が小さいことや、指の長さがたりな~いということは
ピアノが弾けない、という言い訳にはなりません^^

「だって、指が・・・」と言いそうになるものなら、
「先生、OOちゃんの手より小さいけど弾けてるよ!」
ということになってしまいます。

もちろん、一度に沢山の音を掴む和音など
物理的にムリなこともありますが、
手の状態と、指の間の柔らかさで
なんとか、しのげてしまうものも沢山あります。

わたし自身の経験から、手がまだ柔らかい子供のうちに
指のストレッチや、苦手な使えない指を作らない。
ということに気をつけています。

手首の柔らかさもとても重要だと思います。

小さい頃、ピアノの先生に
お風呂の縁のところで、指を広げるストレッチをしてね、
と言われていたのを、生真面目に守ってやっていたら
親指と小指は横一直線に広がるようになりました。

指と指の間も、和音をあきらめず弾いていたら
広がるようになりました。
オクターブのある曲は、
本当に嫌で嫌でやりたくなかったのですが
指を広げる時に、伸ばし緩めながらしていたら、ラクになりました。

薬指がうまく使えなくて、いまは音が出なかったり・・・
4と5、3と4の指の間が広がらなくても・・・
使い続けていると、使えるように広がってきます。

せっかく5本指があるのだったら、
全部使える指にしようよ!と伝えています。

ピアノの鍵盤は88鍵あります。
両手を合わせて10本の指でも
幅広くピアノを使う場合は、大忙しですよね。

手が小さくても、弾けるようになるコツは沢山あります。

何も考えないで弾けてしまうのは、本当に羨ましいと思いますが、
この手のおかげで無駄な動きをしないで弾くことを
手を観察しながら考えるクセがつきました。

いまになって思うと、大きな収穫だったかな、と思います。

2012年5月3日木曜日

ジャズ 初めてのレッスン

楽器屋さんに、勤めていた頃、
売り場の同僚たちも
やっぱり、音楽好きな人が多く

皆で、休みの日にスタジオに入ったりして
遊んでいました。

わたしはコードもわからないのに
ただ、ピアノが弾けるというだけで
動員されました^^;

彼らは本当に自由に楽譜なしで
音楽を楽しんでいて
とてもうらやましかったです。

このことが、きっかけとなり
ジャズピアノを習うことにしました。

この先生に習おう!と決めての最初のレッスン
たぶん、とっても緊張してたと思います。

ピアノの椅子に座ったのですが
「立って」と言われておこなったのが

ジャズ独特のアフタービートの取り方のレッスンでした。

少し足を開いて立ち、左手を腰に当てて
右足でカウントを取りながら
右手の親指と中指で指を鳴らす・・・アフタービートを取るのです。

右足と指パッチンがズレる感じが
アフタービートになるのです。

しかも、「腰を揺らして」と言われて^^;
リズムはもうぐにゃぐにゃな感じ。

「これがちゃんと出来ないと、ジャズは出来ないから」
と言われ

はじめは本当に何でこんなことしなくちゃいけないんだろう!?と
恥ずかしい~~と思っていましたが、

レッスンを重ねるうちに
先生がおっしゃっていたことは、本当だったなぁと実感しました。

これがジャズ独特のスウィング感になっていくのです。

ブルージーなジャズピアノの演奏が得意だった先生からは
ねばっこ~いリズムをしつこくしつこく教えて頂きました。

ジャズのフレーズは、本当におしゃべりしているような
感じのものもあって

イントネーションをつけるために
必ずスキャットをうたいながら弾いて!
と言われて

コレも恥ずかしかったです~~

クラシックとは、全然違うレッスンに沢山刺激を受けました。

「あなたが思っているよりも、少し大げさくらいに表現しないと
聴いている人には、伝わらないよ」

と教えてくださったことは
曲を表現する上での、羞恥心のようなものを
とっぱらってくれて

それから、表現することを、楽しめるようになりました。

アドリブはとても難しくて
最後までちんぷんかんぷんでしたが・・・

大勢で演奏する楽しさとか
その場で作り上げる面白さとか・・を
ジャズと先生は教えてくれました♪


2012年4月28日土曜日

音楽を聴くことができなかったとき

ピアノをずっと弾いてきて、音楽の勉強までしたのに
その時は、音楽を聴くことが、まったく、できませんでした。

わたしは、赤ちゃんの頃から、アトピー性皮膚炎で
大人になってからも治らず

ステロイドを使った治療が悪いものと報道されたその頃
やはり、わたしもステロイドを拒否していました。

いままで症状を抑えていた薬を急に断ったのですから
もちろん、みるみるうちに、悪化しました。

特に、足は火傷のように熱をもち
包帯ぐるぐる巻きで
ほとんど寝たきりのような状態になってしまいました。

近くのコンビニへ行くのにも
やっとのことで、着替えていくような状態でした。

夜、眠りにつく時、
「このまま、明日の朝が来なければいい」と思いました。

ホトホト、疲れ果てて、現実に向かい合う気力がありませんでした。

そんな時、ステロイド悪の呪縛を取ってくださった方が居て
使用することによって、とても楽になりました。

久しぶりに、旦那さんと近くのスーパーへ
買い物に行くことが出来ました。

駐車場で車から降りた時
世界が広がったような、自由になれたような
開放的な気持ちになったことを、覚えています。

スーパーに本屋さんがあり、彼が本を見ている間
わたしは、近くのワゴンに入れられたCDを見ていました。

いわゆる廉価盤と言われる安いCDで
有名な曲のタイトルが並ぶのですが
少し録音が古いものです。

中に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番があり
由緒あるオーケストラの演奏だったことと
久しぶりの外出で、開放的になれたからか
買うことにしました。

病気の症状からくる、うつ状態かも・・・と言われていたのですが
音楽を聴くことが、まったく出来なくなっていました。

何も感じない・・何とも思わない・・
何にもない・・何も考えたくない・・

本当に辛い時って、どんな刺激も苦痛になってしまうのです。

CDをかけると、ピアノが奏でる深い絶望の鐘の音からはじまり
オーケストラの寄せては返す波のような音のうねりが
心を揺さぶりました。

正に、わたしが感じていた、どうしようもない現実・・絶望・・苦しみ・・

自分の感情と聴いている音楽が重なり
ぐるぐるとお腹の中に溜めていたものまで
竜巻のようになって、出て行く感じがしました。

暗く激しい第一楽章から第二楽章に移り
さっきとは、打って変わったような穏やかで美しいメロディ

痛みや辛さに耐えようと
いつでも緊張していた体の力が抜けていくのを感じました。

固く閉ざされていた心が
少しずつ、じんわりと開いていくようでした。

何回も何回も、くり返し聴きました。
いままでの分を取り戻すように

何回聴いても飽きることなく
何回も何回も、ずっと聴いていました。

CD屋さんに勤める友達に、このことを話すと
この曲は、ラフマニノフが精神科医の先生に
献呈したものだと教えてくれました。

精神的な病に侵されたラフマニノフが
病気を克服した後、お世話になった先生に
捧げたものだそうです。

だから、音楽を聴けなかったわたしでも
すんなりと受け入れることが出来たのだと思いました。

当時の辛い心と体に共感し、やさしく寄り添ってくれました。

音楽に救われました。
でも、聴けない時は、そのままでもいいのだと思います。
聴けるタイミングがきっと来るのだと思います。

ブログに書くなんて
当時は想像もできなかったけど・・・

あらためて、人生は長いし
いろいろな経験を積み重ねていくものなんだなあと思います。

2012年2月7日火曜日

ピアノばばあになりたい

もう、大分前に、夫の知り合いの方から
演劇の公演のチケットをいただき
ふたりで見に行ったことがありました。

若い方達が自分達で立ち上げて作られている劇団で
ヒップホップのダンスも沢山入ったりして
エネルギッシュな舞台でした。

持ち前の記憶力の無さから
いまでは、ストーリーは全然思い出せないのですけど
とても気になる登場人物が居ました。

その名も「ピアノばばあ」
そのネーミングの素晴らしさに釘付けになりました。

格好も白髪をお団子にひっつめて
腰も曲がり、ガニ股になってしまったお婆さんなのですが
若者たちに音楽の素晴らしさを教えるという
役どころだったと?!思います。

ピアノばばあ、ピアノばばあ、ピアノばばあ・・・
いいなあ~
わたしもピアノばばあになりたい!

そして、この名前のイメージから
1つの夢が生まれました。

おばあさんになったら
森の中に
木で出来た、屋根が上から見ると六角形になっている
小さな音楽ホールを作って
舞台にグランドピアノを置き
その森の周辺の村の人々(?)が
替わるがわる来て、ピアノを弾いていくのを
1日中見ていたいなあ~と。

持ち前の妄想力発揮で
なぜか?映像も具体的にイメージできてしまうのです。

そのホールの管理人として
朝は鍵を開け
ピアノとすこしお話をして
いらした方のピアノの音色を聴き
夕方になり
誰もいなくなったら

ピアノに「ご苦労様」とあいさつをして
また、鍵を閉め
家に帰る・・・

そんな生活をしてみたい。
そして、皆に ピアノばばあって呼ばれてみたいなあ。

2012年1月18日水曜日

茶色のピアノ

一年間、ピアノのレッスンが続いたらピアノを買ってくれるとの約束を両親は守ってくれ
小学3年生の時に、その茶色のピアノは家に来ました。

当時は黒の塗装のピアノが主流で
「何で茶色なの?」と子供心に思いました。
両親は居間に置いてもインテリア調で良いと思い,
選んだようです。

黒いピアノの方が、重厚でかっこいい気がして
最初は馴染めませんでしたが

皆に「珍しいね、素敵だね!」と言われているうちに、
「わたしのピアノ」になっていきました。

グランドピアノが来たときに、貰ってくださる方がいて、
嫁いでいきましたが、
昔のピアノならではの贅沢な木の使い方で
自然な木目が美しかったです。

机代わりに使ったり、いつも私の側に居てくれました。

茶色のピアノが、両親の想いが、
私のピアノ生活の出発地点だったんだな~と思います。