お友達が出演するフラメンコの発表会に行ってきました。
毎回、招待してくださるので
彼女の踊りをずっと見続けているのですが
難しい踊りをこなしているし
なんだか、風格のようなものが出てきて
ひたむきにレッスンに通い
練習しているからだな~と、いつも感心します。
発表会には、様々な年代の女性が参加されていました。
観ていて
「日本女性なのに、なんで遠いスペインの踊りフラメンコを
選んだのかな?」
とふと思いました。
健康のため、友達に誘われて・・・とか
きっかけは、フラメンコに繋がる明確なものではなかったにしても
きっと、フラメンコに魅かれる種子のようなものが
心や体にあって
それが、あそこまで熱心に踊りに打ち込む
原動力になるのかな~と思いました。
わたしは、発表会に弱くて・・・
アマチュアの方の
あの一瞬にかける思いや気迫のようなものに
いつも心打たれます。
そんな人は他には居ないかもしれないけど
悲哀に満ちた踊りでも、明るくカラッとした曲調でも
涙がじわじわ~~と出てきてしまうのです。
緊張している面持ち、うまくいくかな?と不安な気持ち
でも、この一瞬にかける思い
アマチュアの方だからこそ、とても濃密な気がするのです。
普段は優しいお母さんで、今日は家族が応援にきてるのかな?とか
お孫さんにカッコイイ!とか言われるんだろうなぁとか
忙しい仕事の合間を縫って、レッスンに通って・・・など
妄想がふくらみ
なんだか、しみじみとステージに立つ方達のことを考えてしまうのです。
最後のプログラムの
ベテランの方々、指導者の方の踊りは迫力があり、引き込まれました。
ステージが終わり、友達を出待ちしていて
現れた彼女はステージで見るより、華奢で・・・
「痩せちゃったんじゃないの?」と声をかけると
「そーなの~」と。
厳しかったんだろうな、練習。。。
フラメンコって、かなりの運動量ですものね。
それでも、毎回毎回、ちゃんとステージに上がっている彼女に感服します。
フラメンコの衣装は、とても色彩豊かで
目を楽しませてくれました。
あ~世の中が白と黒だけじゃなくて良かった!!
そして、女性が世の中に居て良かった、と思いました。
こんなに美しいものをうみだせるのですから。
2012年5月30日水曜日
2012年5月22日火曜日
鍵盤は柔らかい!?
「ピアノの鍵盤をゼリーや粘土など
柔らかいものだと、イメージする。」
このことを知った時
本当に目から鱗だったのですが・・・
だって、鍵盤は木ですからね!!
木は「硬い物」というイメージがあるし
実際に硬いです^^;
でも、「硬い」と思ってしまうと
指を上から叩きつけるように弾かないと
音が出ないんじゃないか?
自分の指が負けてしまうのではないか?
と思ってしまい
指を高いところから、打ち下ろす
ということをしがちです。
そうすると、音はギャンギャンとしてしまい
アタック音ばかりが目立ち
もちろん、なめらかに音がつながりません。
いま、思うと、わたしはピアノの鍵盤と
ケンカしていたんだと思います。
うちの教室にはお手玉を置いてあるのですが
お手玉を使い
柔らかいものの中へ
指を入れていく感覚を味わってもらいます。
ぎゅ~っと中に入っていく感じ
慣れたら鍵盤でもやってもらいます。
そうすると、不思議なことに
音はくっきりと
音と音の間は、きれいにつながって
弾けるようになります。
小学生の生徒さんには
「鍵盤と仲良くしてね」と伝えたら
とても美しい丁寧な音を出せました。
心なしか、鍵盤を乱暴に扱ったりしなくなった気がします。
わたしは、長い間、鍵盤とピアノとずっと戦っていたのだと思いますが
あまり気持ちが良いものではないですよね。
征服しようとして来たのかもしれません。
指をゆっくり鍵盤の中へ入れていく
そうしていたら
ピアノとも仲良く
指先でピアノとのつながりを感じられるようになりました。
音も、よく聴くようになったと思います。
本当にイメージの力は大きいなぁと思います。
それは、当たり前のように
自分の頭の中で作っているものなのですけれど
大きな影響を与えているものなんだと思います。
お互いに調和するということ
きっと、それは何かを生み出すときに
とても大切な基盤になることなのだと思います。
柔らかいものだと、イメージする。」
このことを知った時
本当に目から鱗だったのですが・・・
だって、鍵盤は木ですからね!!
木は「硬い物」というイメージがあるし
実際に硬いです^^;
でも、「硬い」と思ってしまうと
指を上から叩きつけるように弾かないと
音が出ないんじゃないか?
自分の指が負けてしまうのではないか?
と思ってしまい
指を高いところから、打ち下ろす
ということをしがちです。
そうすると、音はギャンギャンとしてしまい
アタック音ばかりが目立ち
もちろん、なめらかに音がつながりません。
いま、思うと、わたしはピアノの鍵盤と
ケンカしていたんだと思います。
うちの教室にはお手玉を置いてあるのですが
お手玉を使い
柔らかいものの中へ
指を入れていく感覚を味わってもらいます。
ぎゅ~っと中に入っていく感じ
慣れたら鍵盤でもやってもらいます。
そうすると、不思議なことに
音はくっきりと
音と音の間は、きれいにつながって
弾けるようになります。
小学生の生徒さんには
「鍵盤と仲良くしてね」と伝えたら
とても美しい丁寧な音を出せました。
心なしか、鍵盤を乱暴に扱ったりしなくなった気がします。
わたしは、長い間、鍵盤とピアノとずっと戦っていたのだと思いますが
あまり気持ちが良いものではないですよね。
征服しようとして来たのかもしれません。
指をゆっくり鍵盤の中へ入れていく
そうしていたら
ピアノとも仲良く
指先でピアノとのつながりを感じられるようになりました。
音も、よく聴くようになったと思います。
本当にイメージの力は大きいなぁと思います。
それは、当たり前のように
自分の頭の中で作っているものなのですけれど
大きな影響を与えているものなんだと思います。
お互いに調和するということ
きっと、それは何かを生み出すときに
とても大切な基盤になることなのだと思います。
2012年5月16日水曜日
本番に向けての緊張対策
来月始めに企画しているおさらい会が
迫って参りました。
こういった発表会の度に
わたしも講師演奏として演奏させていただくので
日にちも近付き、ドキドキしています^^
本番での緊張。。。
これは本当に何回ステージに立っても
同じなんですね~
小さな舞台でも、大きなホールでも
ソロでも、アンサンブルでも・・・
緊張しないようにするには?と
考えたこともありましたが・・・
どうやら、緊張しないことが、あり得ないようです。
特に大人の方は、思考が色々と働きますので
子供たちより、緊張しやすいと思います。
なので、緊張することを折込み済みで
「緊張するのは当たり前、しょうがない」と
受け入れてしまえば
なんとなく、逆にホッとします。
わたしは、今回、演奏する曲を
皆が知っているとても速い曲に設定してしまったため^^;
緊張してガチガチになって弾くと
指は暴走し、コントロールが効かなくなり
心臓発作で倒れるんじゃないか?と思うくらい
動悸が速くなります。
これには、対策が必要だな~と思い
宇治田先生にもご相談させていただき
この曲の前に、落ち着いたテンポの短い曲を1曲
弾いて、自分を整えることにしました。
1曲、弾いているうちに
ピアノにも慣れ
心も指も落ち着いてくるでしょう
ということですね。
ピアノは自分の楽器を持ち運ぶことができないので
毎回、どんなピアノだろう?
鍵盤はどんな感じだろう?と
実際、弾くまではドキドキなのですが・・・
自分の味方になってくれそうなピアノでも
なかなか手強いかな~と思うピアノでも
替えられないので^^
スパッと開き直り
リハーサルの限られた時間内で
指先の感覚を研ぎ澄まし
なるべくコミュニケーションするようにします。
曲にのめり込み過ぎて、表現してしまうと
いつもの練習室
いつものピアノだったら、まだ、良いのですが
非日常の空間で弾く場合
自分のコンディションや気持ちに左右されてしまいます。
音楽にとって大切な流れを作るテンポが乱れてしまい
聴き手にとっては、
気持ち良く音楽に浸れなくなってしまうかも知れません。
表現を丁寧にしている自分
それを一歩引いて、大局的に見ている自分
人前で演奏する場合
特に大事になる事柄なのではないかなあと思います。
迫って参りました。
こういった発表会の度に
わたしも講師演奏として演奏させていただくので
日にちも近付き、ドキドキしています^^
本番での緊張。。。
これは本当に何回ステージに立っても
同じなんですね~
小さな舞台でも、大きなホールでも
ソロでも、アンサンブルでも・・・
緊張しないようにするには?と
考えたこともありましたが・・・
どうやら、緊張しないことが、あり得ないようです。
特に大人の方は、思考が色々と働きますので
子供たちより、緊張しやすいと思います。
なので、緊張することを折込み済みで
「緊張するのは当たり前、しょうがない」と
受け入れてしまえば
なんとなく、逆にホッとします。
わたしは、今回、演奏する曲を
皆が知っているとても速い曲に設定してしまったため^^;
緊張してガチガチになって弾くと
指は暴走し、コントロールが効かなくなり
心臓発作で倒れるんじゃないか?と思うくらい
動悸が速くなります。
これには、対策が必要だな~と思い
宇治田先生にもご相談させていただき
この曲の前に、落ち着いたテンポの短い曲を1曲
弾いて、自分を整えることにしました。
1曲、弾いているうちに
ピアノにも慣れ
心も指も落ち着いてくるでしょう
ということですね。
ピアノは自分の楽器を持ち運ぶことができないので
毎回、どんなピアノだろう?
鍵盤はどんな感じだろう?と
実際、弾くまではドキドキなのですが・・・
自分の味方になってくれそうなピアノでも
なかなか手強いかな~と思うピアノでも
替えられないので^^
スパッと開き直り
リハーサルの限られた時間内で
指先の感覚を研ぎ澄まし
なるべくコミュニケーションするようにします。
曲にのめり込み過ぎて、表現してしまうと
いつもの練習室
いつものピアノだったら、まだ、良いのですが
非日常の空間で弾く場合
自分のコンディションや気持ちに左右されてしまいます。
音楽にとって大切な流れを作るテンポが乱れてしまい
聴き手にとっては、
気持ち良く音楽に浸れなくなってしまうかも知れません。
表現を丁寧にしている自分
それを一歩引いて、大局的に見ている自分
人前で演奏する場合
特に大事になる事柄なのではないかなあと思います。
2012年5月3日木曜日
ジャズ 初めてのレッスン
楽器屋さんに、勤めていた頃、
売り場の同僚たちも
やっぱり、音楽好きな人が多く
皆で、休みの日にスタジオに入ったりして
遊んでいました。
わたしはコードもわからないのに
ただ、ピアノが弾けるというだけで
動員されました^^;
彼らは本当に自由に楽譜なしで
音楽を楽しんでいて
とてもうらやましかったです。
このことが、きっかけとなり
ジャズピアノを習うことにしました。
この先生に習おう!と決めての最初のレッスン
たぶん、とっても緊張してたと思います。
ピアノの椅子に座ったのですが
「立って」と言われておこなったのが
ジャズ独特のアフタービートの取り方のレッスンでした。
少し足を開いて立ち、左手を腰に当てて
右足でカウントを取りながら
右手の親指と中指で指を鳴らす・・・アフタービートを取るのです。
右足と指パッチンがズレる感じが
アフタービートになるのです。
しかも、「腰を揺らして」と言われて^^;
リズムはもうぐにゃぐにゃな感じ。
「これがちゃんと出来ないと、ジャズは出来ないから」
と言われ
はじめは本当に何でこんなことしなくちゃいけないんだろう!?と
恥ずかしい~~と思っていましたが、
レッスンを重ねるうちに
先生がおっしゃっていたことは、本当だったなぁと実感しました。
これがジャズ独特のスウィング感になっていくのです。
ブルージーなジャズピアノの演奏が得意だった先生からは
ねばっこ~いリズムをしつこくしつこく教えて頂きました。
ジャズのフレーズは、本当におしゃべりしているような
感じのものもあって
イントネーションをつけるために
必ずスキャットをうたいながら弾いて!
と言われて
コレも恥ずかしかったです~~
クラシックとは、全然違うレッスンに沢山刺激を受けました。
「あなたが思っているよりも、少し大げさくらいに表現しないと
聴いている人には、伝わらないよ」
と教えてくださったことは
曲を表現する上での、羞恥心のようなものを
とっぱらってくれて
それから、表現することを、楽しめるようになりました。
アドリブはとても難しくて
最後までちんぷんかんぷんでしたが・・・
大勢で演奏する楽しさとか
その場で作り上げる面白さとか・・を
ジャズと先生は教えてくれました♪
売り場の同僚たちも
やっぱり、音楽好きな人が多く
皆で、休みの日にスタジオに入ったりして
遊んでいました。
わたしはコードもわからないのに
ただ、ピアノが弾けるというだけで
動員されました^^;
彼らは本当に自由に楽譜なしで
音楽を楽しんでいて
とてもうらやましかったです。
このことが、きっかけとなり
ジャズピアノを習うことにしました。
この先生に習おう!と決めての最初のレッスン
たぶん、とっても緊張してたと思います。
ピアノの椅子に座ったのですが
「立って」と言われておこなったのが
ジャズ独特のアフタービートの取り方のレッスンでした。
少し足を開いて立ち、左手を腰に当てて
右足でカウントを取りながら
右手の親指と中指で指を鳴らす・・・アフタービートを取るのです。
右足と指パッチンがズレる感じが
アフタービートになるのです。
しかも、「腰を揺らして」と言われて^^;
リズムはもうぐにゃぐにゃな感じ。
「これがちゃんと出来ないと、ジャズは出来ないから」
と言われ
はじめは本当に何でこんなことしなくちゃいけないんだろう!?と
恥ずかしい~~と思っていましたが、
レッスンを重ねるうちに
先生がおっしゃっていたことは、本当だったなぁと実感しました。
これがジャズ独特のスウィング感になっていくのです。
ブルージーなジャズピアノの演奏が得意だった先生からは
ねばっこ~いリズムをしつこくしつこく教えて頂きました。
ジャズのフレーズは、本当におしゃべりしているような
感じのものもあって
イントネーションをつけるために
必ずスキャットをうたいながら弾いて!
と言われて
コレも恥ずかしかったです~~
クラシックとは、全然違うレッスンに沢山刺激を受けました。
「あなたが思っているよりも、少し大げさくらいに表現しないと
聴いている人には、伝わらないよ」
と教えてくださったことは
曲を表現する上での、羞恥心のようなものを
とっぱらってくれて
それから、表現することを、楽しめるようになりました。
アドリブはとても難しくて
最後までちんぷんかんぷんでしたが・・・
大勢で演奏する楽しさとか
その場で作り上げる面白さとか・・を
ジャズと先生は教えてくれました♪
2012年4月28日土曜日
音楽を聴くことができなかったとき
ピアノをずっと弾いてきて、音楽の勉強までしたのに
その時は、音楽を聴くことが、まったく、できませんでした。
わたしは、赤ちゃんの頃から、アトピー性皮膚炎で
大人になってからも治らず
ステロイドを使った治療が悪いものと報道されたその頃
やはり、わたしもステロイドを拒否していました。
いままで症状を抑えていた薬を急に断ったのですから
もちろん、みるみるうちに、悪化しました。
特に、足は火傷のように熱をもち
包帯ぐるぐる巻きで
ほとんど寝たきりのような状態になってしまいました。
近くのコンビニへ行くのにも
やっとのことで、着替えていくような状態でした。
夜、眠りにつく時、
「このまま、明日の朝が来なければいい」と思いました。
ホトホト、疲れ果てて、現実に向かい合う気力がありませんでした。
そんな時、ステロイド悪の呪縛を取ってくださった方が居て
使用することによって、とても楽になりました。
久しぶりに、旦那さんと近くのスーパーへ
買い物に行くことが出来ました。
駐車場で車から降りた時
世界が広がったような、自由になれたような
開放的な気持ちになったことを、覚えています。
スーパーに本屋さんがあり、彼が本を見ている間
わたしは、近くのワゴンに入れられたCDを見ていました。
いわゆる廉価盤と言われる安いCDで
有名な曲のタイトルが並ぶのですが
少し録音が古いものです。
中に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番があり
由緒あるオーケストラの演奏だったことと
久しぶりの外出で、開放的になれたからか
買うことにしました。
病気の症状からくる、うつ状態かも・・・と言われていたのですが
音楽を聴くことが、まったく出来なくなっていました。
何も感じない・・何とも思わない・・
何にもない・・何も考えたくない・・
本当に辛い時って、どんな刺激も苦痛になってしまうのです。
CDをかけると、ピアノが奏でる深い絶望の鐘の音からはじまり
オーケストラの寄せては返す波のような音のうねりが
心を揺さぶりました。
正に、わたしが感じていた、どうしようもない現実・・絶望・・苦しみ・・
自分の感情と聴いている音楽が重なり
ぐるぐるとお腹の中に溜めていたものまで
竜巻のようになって、出て行く感じがしました。
暗く激しい第一楽章から第二楽章に移り
さっきとは、打って変わったような穏やかで美しいメロディ
痛みや辛さに耐えようと
いつでも緊張していた体の力が抜けていくのを感じました。
固く閉ざされていた心が
少しずつ、じんわりと開いていくようでした。
何回も何回も、くり返し聴きました。
いままでの分を取り戻すように
何回聴いても飽きることなく
何回も何回も、ずっと聴いていました。
CD屋さんに勤める友達に、このことを話すと
この曲は、ラフマニノフが精神科医の先生に
献呈したものだと教えてくれました。
精神的な病に侵されたラフマニノフが
病気を克服した後、お世話になった先生に
捧げたものだそうです。
だから、音楽を聴けなかったわたしでも
すんなりと受け入れることが出来たのだと思いました。
当時の辛い心と体に共感し、やさしく寄り添ってくれました。
音楽に救われました。
でも、聴けない時は、そのままでもいいのだと思います。
聴けるタイミングがきっと来るのだと思います。
ブログに書くなんて
当時は想像もできなかったけど・・・
あらためて、人生は長いし
いろいろな経験を積み重ねていくものなんだなあと思います。
その時は、音楽を聴くことが、まったく、できませんでした。
わたしは、赤ちゃんの頃から、アトピー性皮膚炎で
大人になってからも治らず
ステロイドを使った治療が悪いものと報道されたその頃
やはり、わたしもステロイドを拒否していました。
いままで症状を抑えていた薬を急に断ったのですから
もちろん、みるみるうちに、悪化しました。
特に、足は火傷のように熱をもち
包帯ぐるぐる巻きで
ほとんど寝たきりのような状態になってしまいました。
近くのコンビニへ行くのにも
やっとのことで、着替えていくような状態でした。
夜、眠りにつく時、
「このまま、明日の朝が来なければいい」と思いました。
ホトホト、疲れ果てて、現実に向かい合う気力がありませんでした。
そんな時、ステロイド悪の呪縛を取ってくださった方が居て
使用することによって、とても楽になりました。
久しぶりに、旦那さんと近くのスーパーへ
買い物に行くことが出来ました。
駐車場で車から降りた時
世界が広がったような、自由になれたような
開放的な気持ちになったことを、覚えています。
スーパーに本屋さんがあり、彼が本を見ている間
わたしは、近くのワゴンに入れられたCDを見ていました。
いわゆる廉価盤と言われる安いCDで
有名な曲のタイトルが並ぶのですが
少し録音が古いものです。
中に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番があり
由緒あるオーケストラの演奏だったことと
久しぶりの外出で、開放的になれたからか
買うことにしました。
病気の症状からくる、うつ状態かも・・・と言われていたのですが
音楽を聴くことが、まったく出来なくなっていました。
何も感じない・・何とも思わない・・
何にもない・・何も考えたくない・・
本当に辛い時って、どんな刺激も苦痛になってしまうのです。
CDをかけると、ピアノが奏でる深い絶望の鐘の音からはじまり
オーケストラの寄せては返す波のような音のうねりが
心を揺さぶりました。
正に、わたしが感じていた、どうしようもない現実・・絶望・・苦しみ・・
自分の感情と聴いている音楽が重なり
ぐるぐるとお腹の中に溜めていたものまで
竜巻のようになって、出て行く感じがしました。
暗く激しい第一楽章から第二楽章に移り
さっきとは、打って変わったような穏やかで美しいメロディ
痛みや辛さに耐えようと
いつでも緊張していた体の力が抜けていくのを感じました。
固く閉ざされていた心が
少しずつ、じんわりと開いていくようでした。
何回も何回も、くり返し聴きました。
いままでの分を取り戻すように
何回聴いても飽きることなく
何回も何回も、ずっと聴いていました。
CD屋さんに勤める友達に、このことを話すと
この曲は、ラフマニノフが精神科医の先生に
献呈したものだと教えてくれました。
精神的な病に侵されたラフマニノフが
病気を克服した後、お世話になった先生に
捧げたものだそうです。
だから、音楽を聴けなかったわたしでも
すんなりと受け入れることが出来たのだと思いました。
当時の辛い心と体に共感し、やさしく寄り添ってくれました。
音楽に救われました。
でも、聴けない時は、そのままでもいいのだと思います。
聴けるタイミングがきっと来るのだと思います。
ブログに書くなんて
当時は想像もできなかったけど・・・
あらためて、人生は長いし
いろいろな経験を積み重ねていくものなんだなあと思います。
2012年4月24日火曜日
バッハの会
譜読みをするのが、ある程度慣れてきて
色々な指使いにも、対応できるようになったころ
どの生徒さんにも、一度はバッハの曲に触れてもらいます。
いまから、300年以上も前にうまれた人
その人とも、その時代とも
かけ離れたところで生きているわたし達
それでも、バッハの曲を聴くと気持ちが落ち着いてきたり
演奏することで、癒されたりします。
いわゆるポリフォニーと呼ばれる
声部が重なった音楽なので
メロディ、伴奏と役割分担がハッキリしている
現代の曲とは、趣が違います。
はじめは、生徒さんに弾いてもらうのはどうなんだろう?
確かにテクニックを磨く点でも
バッハの曲は外せないのですが
好き嫌いもあるし・・・
実はわたしも小さい頃は
全然、バッハが面白くなく
ナント!先生の家で譜読みをするという
暴挙に出ていたことも・・・(先生、ごめんなさい;;)
恐る恐る、生徒さんに曲を聴いてもらうと・・・
「カッコイイ!!」
えっ・・??
長調のメヌエットなども、人気があるのですが
短調で、どんどん転調していくようなものも
すごく人気があるのです。
バッハ人気にあやかり
数年前に
「バッハの会」を開催しました。
プログラムはオールバッハ♪
「主よ人の望みの喜びよ」や「G線上のアリア」を
ピアノ連弾にアレンジしたものの演奏などもあり
楽しかったです!
お楽しみに、バッハクイズを出題し
皆さんに3択で答えてもらう
というのもやりました。
皆が答えにビックリ!した質問がコレ。
Q バッハには、子供が何人いたでしょう?
さぁ、何人でしょう??
見事、1人だけ、大当たりの生徒さんがいて
皆に「すご~い」と羨望の眼差しで見られていました♪
きっと、いまの子供たちは
感性も鋭いし、合わせて
深い精神性を持っているのだと思います。
もしかしたら、大人のわたし達よりも進化しているのでは?
と思うことがよくあります。
そんな彼らから、
いつも新鮮な驚きと知恵を
シェアしてもらっています。
色々な指使いにも、対応できるようになったころ
どの生徒さんにも、一度はバッハの曲に触れてもらいます。
いまから、300年以上も前にうまれた人
その人とも、その時代とも
かけ離れたところで生きているわたし達
それでも、バッハの曲を聴くと気持ちが落ち着いてきたり
演奏することで、癒されたりします。
いわゆるポリフォニーと呼ばれる
声部が重なった音楽なので
メロディ、伴奏と役割分担がハッキリしている
現代の曲とは、趣が違います。
はじめは、生徒さんに弾いてもらうのはどうなんだろう?
確かにテクニックを磨く点でも
バッハの曲は外せないのですが
好き嫌いもあるし・・・
実はわたしも小さい頃は
全然、バッハが面白くなく
ナント!先生の家で譜読みをするという
暴挙に出ていたことも・・・(先生、ごめんなさい;;)
恐る恐る、生徒さんに曲を聴いてもらうと・・・
「カッコイイ!!」
えっ・・??
長調のメヌエットなども、人気があるのですが
短調で、どんどん転調していくようなものも
すごく人気があるのです。
バッハ人気にあやかり
数年前に
「バッハの会」を開催しました。
プログラムはオールバッハ♪
「主よ人の望みの喜びよ」や「G線上のアリア」を
ピアノ連弾にアレンジしたものの演奏などもあり
楽しかったです!
お楽しみに、バッハクイズを出題し
皆さんに3択で答えてもらう
というのもやりました。
皆が答えにビックリ!した質問がコレ。
Q バッハには、子供が何人いたでしょう?
さぁ、何人でしょう??
見事、1人だけ、大当たりの生徒さんがいて
皆に「すご~い」と羨望の眼差しで見られていました♪
きっと、いまの子供たちは
感性も鋭いし、合わせて
深い精神性を持っているのだと思います。
もしかしたら、大人のわたし達よりも進化しているのでは?
と思うことがよくあります。
そんな彼らから、
いつも新鮮な驚きと知恵を
シェアしてもらっています。
2012年4月17日火曜日
腕は意外と重い!
ピアノは、指先だけを動かして
弾いているように見えるのですが
実際には腕全体から肩甲骨のところまで
すべて影響し合っています。
よく言われる「脱力」が
とても重要になってくるのですが
これが、とても難しいのです。
「力を抜いて・・・」と言われても
そうしているつもりなのに
まだまだ、力が入っていることが多いのです。
こんな時に、脱力の感覚、腕の重みを感じてもらうために
やっていることがあります。
生徒さんの手の平に、わたしの中指や人差し指などの指を
1本乗せ腕の脱力をして
指先にすべての重みを乗せていきます。
手の平で支えきれない程の重みに
生徒さんは
「先生、押してるんでしょ?」と聞きます。
決して、力で押しているのではなく
ただ、力を抜いているだけなのです。
今度は、交代をして、
わたしの手の平に、生徒さんの指を1本乗せ
その指だけで、重みを支えてもらいます。
なかなか、脱力が最初は出来ないのですが
「あなたの腕、こんなに軽いの?ホント?」と言いながら
どんどん、緩めて指先に乗せていってもらいます。
こうして、腕は意外と重い!ということに気が付いて
いきます。
重みをたくさん指先へかけていくと、フォルテが出ますし
うまくコントロールすることで、
弱い音から強い音まで幅広いダイナミクスが表現できることになるので
やはり、指先の感覚と合わせて
脱力は大切なんですね。
どうしても、緩められないときは
立ってもらい
歩行の時の、腕の状態にしてもらい
指先1本を手の平に乗せます。
歩行の時には、自然に腕は脱力しているので
指先に手の平を当てるだけで
重みが伝わると思います。
わたしも、からだが小さいから、
大きな音は出せないと思い込んでいましたが
重みの乗せ方がわかってくると
大きな音も出せるようになってきました。
力を入れるのではなくて
力を抜くことが、ポイントなんですね。
弾いているように見えるのですが
実際には腕全体から肩甲骨のところまで
すべて影響し合っています。
よく言われる「脱力」が
とても重要になってくるのですが
これが、とても難しいのです。
「力を抜いて・・・」と言われても
そうしているつもりなのに
まだまだ、力が入っていることが多いのです。
こんな時に、脱力の感覚、腕の重みを感じてもらうために
やっていることがあります。
生徒さんの手の平に、わたしの中指や人差し指などの指を
1本乗せ腕の脱力をして
指先にすべての重みを乗せていきます。
手の平で支えきれない程の重みに
生徒さんは
「先生、押してるんでしょ?」と聞きます。
決して、力で押しているのではなく
ただ、力を抜いているだけなのです。
今度は、交代をして、
わたしの手の平に、生徒さんの指を1本乗せ
その指だけで、重みを支えてもらいます。
なかなか、脱力が最初は出来ないのですが
「あなたの腕、こんなに軽いの?ホント?」と言いながら
どんどん、緩めて指先に乗せていってもらいます。
こうして、腕は意外と重い!ということに気が付いて
いきます。
重みをたくさん指先へかけていくと、フォルテが出ますし
うまくコントロールすることで、
弱い音から強い音まで幅広いダイナミクスが表現できることになるので
やはり、指先の感覚と合わせて
脱力は大切なんですね。
どうしても、緩められないときは
立ってもらい
歩行の時の、腕の状態にしてもらい
指先1本を手の平に乗せます。
歩行の時には、自然に腕は脱力しているので
指先に手の平を当てるだけで
重みが伝わると思います。
わたしも、からだが小さいから、
大きな音は出せないと思い込んでいましたが
重みの乗せ方がわかってくると
大きな音も出せるようになってきました。
力を入れるのではなくて
力を抜くことが、ポイントなんですね。
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